France 旅日記 -20 ( 2007.5.27〜6.9 )
2007.6.28 編集UP
弘史左衛門

家内版 (平田 芳子 発行)小冊子
 「平田 弘史 フランスを闊歩」記事-2。 

六月一日
九時四〇分アミアン大学の図書館に向う。
大学の一階と別棟にある図書館が今回の
「マンガフェスティバル」会場である。
今日は 主催関係者やボランティアの人達が準備の日で、
平田 弘史は幅二十五センチ長さ八十センチくらいの
ポスター 二五〇枚にサインをする事と、テレビ局が
サインをしているところの撮影とインタビューが今日の
予定である。


百枚程書いた所で、アミアンのノートル.ダム大聖堂を
案内してくれると言う。
この大聖堂は世界遺産にもなっていて、とても立派な
大聖堂である。
外の一部分は修理中だが、中を見学するには別に問題は
ない。関係者の方がとても丁寧に説明をして下さり、
矢野氏が全て日本語に約してくれるので
わけのわからない私でも理解する事ができた。
第ニ次戦争で相当被害を受けたようだが、残っていて
本当
に良かったと思う。


日本との違いは 周りに土産店がない事。
町全体が静かに大聖堂を見守っているという感じがした。
この日は雨が降ったり止んだりしてとても寒かった。
だが、感動で心がとても暖かく感じられた。

昼食が 済むとインタビュー、そして残りの一五〇枚を
仕上げ、五時から市長や議員が見え、挨拶があり前夜祭が
始まった。
シャンパンで乾杯(フランスでは乾杯の事をチンチンと
言う)。シャンパンのポンッ!と言う音が途切れる事なく
開けられる。
平田 弘史も色んな人達に囲まれ質問攻めにあっていた。
私は荷物があるので適当な所に座り、皆の浮かれ具合を
観察していた。

六月二日
十時、会場に到着。
今日は着物と袴で登場、町の皆が振り返る。
主催者やボランティアの人達が大いに喜んで下さる。
十一時までインタビュー、十一時からサイン会。

矢野氏の友人夫妻が お手伝いに来て下さり、
一緒にサイン会場に上がっていくと既にずらりと
人が並んでいる。
友人夫妻の御主人はフランス人だが奥様は日本人で、
フランスに十年も住んでいらっしゃるからフランス語
日本語と話されるので大いに助かった。(聖子さんという)

昼食はレストランが数件川っぷちに所狭しと並び、
通路の両端にテーブルと椅子がこれまたずらりと並べられ、
隣の人と腕が触れあうぐらいの狭さで何処の店も大勢の
人達で賑わっている。

そのレストラン街を 着物 袴姿 鉢巻きで歩くものだから、
食事をしているフランス人が「サムハイ」
(フランスでは侍の事をサムハイと言うらしい)
「サムハイ」と手をふってくれたり、「トレボーン」と
声をかけられたりして、平田弘史は「ボンジュール」
「ボンジュール」と右に左にと愛想をふりまいていた。

昼食がすむと平田 弘史は 四時半まで 三社インタビュー。
聖子さん夫妻がアミアンの公園を散歩しませんかと
私を誘って下さったので、一緒にお供させてもらった。

広い公園は 細い小さな川を利用しながら見事に作られて
いる。街の人達がそれぞれにのんびりと散策をしている。
犬の糞とたばこの投げ捨て以外は実に綺麗な街である。
これはパリの街も同じだった。
自動販売機が何処にもなく(パリでは地下鉄の中にあった)
露店もない。家の窓にはゼラニュームの花が飾っては
あっても洗濯物を干しているのを一度もみかけない。
これがフランス流なのかも知れない。

四時半から二度目のサイン会、二時間では終らず
七時までかかってしまった。
ホテルに戻り、聖子さん夫妻とドミニク氏、矢野氏、
私達の五人で夕食を食べ、食後聖子さん夫妻は帰られ
私達は 早めに休む事にした。

六月三日
十一時から十二時まで 会場の皆さんと平田弘史の劇画に
ついての質疑応答があり、拍手喝采で終了。
昼食はイタリアから わざわざ来て下さった出版社の社長と
翻訳
者を交えての会話、イタリアでも本を出したいとの事、
近々日本のお宅にも伺いますと言う話しだった。

午後は船遊びだ。田園地帯の中の小さな運河の中を
電気ボートに乗ってゆっくりとまわるのだが、
両サイドには畑やお花畑が広がりそれはそれは綺麗だった。川には あひる、鴨、白鷺や名前の知らない鳥なども
みられた。心休まる一時である。

船を降りると 一眼レフの大きなカメラを持ったおじさんが、平田弘史の姿をみて是非写真を撮らせてくれと言う。
着物に袴姿は珍しいらしく こういう光景は何度かあった。
サービス精神旺盛の平田弘史はピースサインと
にこやかな顔で愛想をふりまいていた。

再びフェスティバル会場に戻ると 大学講堂へ案内され、
何か簡単でいいから絵を描いてくれと言う。
スケッチブックを用意されたが、平田弘史は
何もテーマがないと言うのもなー.....と頭をひねっていた
が、一人何かポーズを作っている間に決まったようだ。
絵が描き終るとインタビュー、インタビューが終ると
サイン会と、何と忙しい事、あのヘビースモーカーが
ゆっくりと たばこも吸ってはいられない。

サイン会も相変わらず行列が出来ていて、フランスにも
こんなに大勢のファンの人達がいて下さって実に
有り難い事だ。(十歳の子供から年輩の方まで)
弓道士魂や薩摩義士伝を ボーイフレンドに また子供に
孫に 主人に 友人にプレゼントすると言う人が意外に多く
驚きと同時に日本では一寸考えられない光景だった。

いよいよ終わりに近ずいた頃、十二と胸に大きく
書かれたピンクのTシャツを着たボランティアの人達が、
平田 弘史の前に集まってきた。
そして代表者の方が何か言い始めた。
矢野氏が訳してくれる。

今年で十二年目を迎えるマンガフェスティバルですが、
毎年一人選ばれる賞があります。
誰にでも気さくで優しくて面白くて謙虚で明るい人賞で
ボランティア全員で選ぶ賞ですが、今年は平田先生が
全員一致で選ばれました。
と言うではないか。何と名誉な賞を頂いたのでしょう。
有難うございました。

そしてフェスティバルは終り、ボランティアの人達が
片付け始めた頃、パリからやってきた青年が是非私達を
食事に招待したいのですが、パリに戻られる予定は
ありますかと聞いてきた。

日本に帰国前夜パリにいますが、と矢野氏が全て通訳
しながらの会話である。
約束は七日午後八時と決まったようだ。

フェスティバルが終ると打ち上げが待っている。
しかし打ち上げまでには三時間くらい時間がありそう
なので、ホテルに戻り洋服に着替えてから打ち上げ会場に
行く事にした。
ホテルの受付でも筆でサインをする平田 弘史。
続く