France2 TV 翻訳編 ( 2007.6.28 放映)
翻訳:矢野哲也之介とアンヌ.ソフイー

2007.8.2 UP

PART 1
http://www.dailymotion.com/video/x2exmj_mangasfr2envoye-specialpart12_creation

PART 2
http://www.dailymotion.com/video/x2eyf2_mangasfr2envoye-specialpart22_creation

En概略

フランスで、日本アニメの放送が始まったのが 80年代の後半である。

その後、日本漫画のフランスへの輸出も徐々に本格化していく。

けれども日本のポップ・カルチャーへのフランスの反応は、

当初随分と冷淡なものであった

野蛮、わいせつ、害毒、子供に見せるものではないなどの激しい批判を呼んだ。

例えばアニメ『北斗の拳』の放送は、格闘シーンから人物のセリフに至るまで、

様々な改変や削除を被り、

要領の良くつかめないまったくの別物とされてきた。
 ところが現在、フランスは日本漫画の最大の輸入国となり、

フランスの漫画全体の市場

(フランス、ベルギーやアメリカの漫画などすべてを含む)の

売上のほぼ半分を日本漫画が占めている。

このEnvoyの放送は、もともと批判をする側であった

France2という国営テレビ局が、

現在に至る日本の漫画・アニメのフランスにおける足跡を振り返り

再評価を施そうという趣向になっている。

Envoyという番組は2週に一回の2時間枠の番組で、

10パーセントを超えるような視聴率を取っている。

毎回3つの主題があり、今回の日本漫画に関する放送は

その一番目におかれていることからも、

フランス側の熱の入れようが良く窺える。

以下、テレビ放送の概略を続ける。

パート1
「平田先生の紹介」

50年に渡り平田弘史が人生を捧げ、原稿料の多寡には目もくれず、

自分の追求するものを手に入れる為には徹夜を重ねることも厭わず、

筆を刀にして戦ってきたもの、それが漫画だ。ジャジャーン!!

日本漫画に関して我々は数々の批判を繰り返してきた。

けれども何も理解していなかった。

フランスの漫画とは反対に、右から左に読み進む日本の漫画は、

なぜ今フランスの様々な世代に受け入れられているのだろう。

それを知るために日の出づる国へ行ってみよう、

河の流れをさかのぼるように。

「題名:日本、さかしまの世界」

日本の街は、丸っこいキャラクターの絵で埋め尽くされている。

どこの店でも彼らが迎えてくれる。

大都市にあふれるゲームセンターは、私たちの目にすでにお馴染みのもの。

何のことはない、これも日本からやってきたのだ。

80年代には、3つの日本アニメがフランスに入ってくる。

『グレンダイザー』、『キャンディ・キャンディ』、

そして『キャプテン・ハーロック』。信じられない事だが、

ハーロックの銀河は実は細い裏道の一角にある。

「松本零士先生の紹介」

69 歳になる先生は、今も第一線で活躍される漫画家だ。

今回特別に創作上の秘密をひとつ教えていただいた。

「星を描くために、ホースの留め金具を使っています。

こうやって金具の端をこすって白いインクのしぶきを作るんですよ。

はい、これが原画です。原則として全部自分で描きます。

服の模様だけはアシスタントにやってもらっています。」


12世紀から、日本では絵とセリフを重ね合わせることをやっている。

先生は博物館級の資料も見せてくれた。

「漫画というのを最初にやったのは、葛飾北斎なんですよ。

ほら、人間の動きがこんなふうに捉えられていますよ。」

日本アニメの世界を垣間見るために、それでは松本先生の勧めに従って、

東映アニメーションに行ってみよう。

「東映アニメーションの紹介」

1951年に創立した東映アニメーションは日本のディズニーだ。

プロデューサーの清水さんはこちらの会社に入社し、

『キャンディ・キャンディ』、『キャプテン・ハーロック』、

『ドラゴン・ボール』などのアニメを手がけてきた。

「はい、こちらで『ゲゲゲの鬼太郎』の次回の作品の制作が進行中です。

ストーリー・ボードをもとに監督、プロデューサー、脚本家が話し合っています。

それからアニメの下絵を書きます。

これが鬼太郎の絵ですね。えー、こちらが編集作業をやる部屋です。」

アニメーターたちは2次元の漫画を3次元のアニメに変身させていく。

原作をうっかり損なうような事をやると熱狂的なファンから厳しい抗議が寄せられる。

「剃刀入りの手紙をもらった事もありますよ。

これは極端な例ですけれど、ファンにとってどれだけ原作というものが大事なものか、

また我々にとっていかに皆を喜ばせることが難しいか痛感しますね。

まあ幸い、今まで殺されないで生きて来れましたけどね。」

「ジャン=ルイ・ゴーテー氏とまんだらけ」
アニメと漫画の関係は非常に密接なものだ。

90年代には、フランス人が漫画を熱心に求めるようになる。

ジャン=ルイ・ゴーテー(フランスの出版社、

コーネリアスの編集長)は毎年東京に足を運ぶ。

多くのフランスの出版社が日本を自分たちの取引先にしている。

けれども日本漫画の本格的な輸入が始まるのに先立って、

熱心なフランスのファンはアニメの源泉を求めて自ら日本に出かけていった。

『タンタン』や『スピルー』(フランス・ベルギーの有名な漫画)に

今の子供らはあまり興味を示さない。

「昔と今の漫画読者はまるきり違う。

30年前の子供たちは当たり障りのないものばかりを読んできたんだよ。

今の子供と違って、とてもうぶだったね。」

ジャン=ルイは掘り出し物を見つけにまんだらけにやって来る。

莫大な収益を上げているこの日本漫画の神殿に、

ネットなどから情報をつかんだ多くのフランス人がやって来る。

ジャン=ルイは90年代の漫画を探しにやってきた。

当初子供向けに作られたこれらの作品も、

読者の子供らが大人になるにつれて、高価な値段がつけられるようになった。

「ここは展示作品が買える美術館みたいなもんだね。」

本を買ったら、次はフィギュア人形が欲しくなる。

「ああ、こいつは贋物だね。

アトムはこのポーズ(真ん中のアトム)なんかしないよ

(このポーズには「くたばれ、お○まやろう」のような罵りの意味がある)。

おまけにこんな怒ったような顔つきもしないね。」

「ジャン=ルイ・ゴーテー氏、水木しげる先生を訪問」

水木先生は冗談がお好きだ。

頭を撫でられたゴーテー氏は、「たいへん光栄なこと」と言って喜ぶ。

ゴーテー氏のところから出した水木先生の『のんのんばあとオレ』の

フランス語版が、今年のアングレームの漫画フェスティバルで大賞を受賞した。

水木先生の長い漫画家の経歴はひとことで言って、

この妖怪の居並ぶ仕事場に集約されている。

そのもっとも有名なのが鬼太郎である。

「妖怪のお話っていうのはね、みんな真実なんですよ。

日本では長いことその伝説が語り継がれています。

物質文明の信仰者にはわかんないだろうけど、妖怪っているんですよ。

家の暗がりなんかに感じるねえ、で

も今じゃ電気の灯りがすべてそれを壊しちゃった。

妖怪の存在を感じるには山奥に行かんと駄目だね、電球が嫌いだから。

昔のランプや行灯などの灯りにしか耐えられないんですね。」

水木先生の住む町は、通りにお馴染みのキャラクターたちを並べて、

この偉大な作家に大きな敬意を表している。

関連する映画や展覧会なども催され、

子供たちは小さい頃から水木作品に親しんでいる。

先生はありとあらゆる幸せを手に入れただろう、戦争中に片腕を失わなければ。

差異が排除につながるような国にあっては長いこと、

妖怪とはまさしく、水木しげる自身だったのだ。

「平田先生の紹介、時代屋でのサイン会から富戸城へ」

絵を描く人間は一般的に人づきあいを好まない。

自分の創作した作中人物たちに囲まれた住人である。

けれども時には読者にサービスをしなければならない。

時代屋に集まった百名ほどのファンの

熱い視線を集めているこの人物が平田弘史である。

大半は男性で行列が占められているが、

所々に愛くるしい二十日ねずみが紛れ込んでいる。

「おのれに告ぐ、いい女になれって書いていただけますか。」

また、サムライとピカチュウの合いの子のような青年も含まれている。

「これから社会人になるんですけれども、

何か激励のお言葉をいただけないでしょうか」

墨は美しい、確かに乾いた後ならば。

そら、もうひと頑張り。(団扇で墨を乾かすことを指している。)
平田弘史が都会に赴くのはまれだ。

田舎の落ち着いた環境の中で彼の創作は行われる。

太陽が射せば自宅の庭先に出て仕事をする。

もっぱら日本の歴史ものを発表している平田は、

こうして何時間もかけて綿密な絵を仕上げていく。

今では出版社も原稿の遅れに随分と寛容になったようだが、

週刊の連載を持っていた時期は週に16枚もの絵をこなしていた。
「寝る以外は、絵を描いているかストーリーを考えているかばかりの生活です。

ご飯は仕事机で5分で食べました。

睡眠時間は3時間、分割で寝ることも度々です。

7時間寝るような贅沢はできません。こんな生活が何年も続きました。」

パート2
「引き続き平田先生」

漫画家の多くがアシスタントと共に仕事を進めるのとは異なり、

平田先生はアシスタントを使わない。

けれどもスクリーントーンをところどころ絵に貼るのは、彼の奥さんの務めである。

フランスのオールカラーの漫画とは異なり、日本漫画の絵は白黒だ。

そのモノクロの絵に立体感を与えているのが

この奥さんのスクリーントーンである。

平田先生は書家としても有名である。

彼によれば、書も漫画も、交響曲を編むようなものらしい。

喜びも必要ならば苦しみも必要で、山あり谷ありのドラマがなくてはならない。

こちらが様々な出来事に満ちたひとりの人間の

生涯を表現した平田流音楽である。

「わわわわわ、ほわあああ、あうっ!

ぶわあぁぁぁ、うあっ、ぶあっふぶあっふ、、、

ほおおぉぉぉぉ、ふあふあふあ、あああ、おおお≠、うぅぅぅ、

お墓!」

偉大なものは 美なければ 成されず、

美しいものは ユーモアがなければ生まれない、

これが平田先生の教えである。

「再びジャン=ルイ・ゴーテー氏」

夜の東京を徘徊するジャン=ルイが入ったのは

数百円で何時間も過ごせる巨大な漫画喫茶。

ここにあるものなら何でも好きに手に取って読むことができる。

「人気のある漫画が豊富に揃っているんだ。

僕はそういうものはあんまり知らないけれどね。

本屋ではビニールの中に入ってて自由に読めないけど、

ここじゃみんな自由に読めるんだ。

だから例えば『ドラえもん』なんかを読んだりしてね。

とても静かだから必要なら寝ることもできるし、メールもできるね。

終電を無くした人がここで寝たりしてるね、お金もそんなにかからないから。

あとは友達同士で集まってここで一緒に映画を見たりもできる。

自分の部屋よりここのほうが広いからだろうね。」

漫画には多様な種類があり、幅広い読者の興味に応えてくれる。

あなたが会社の役員でも、スポーツマンでも、職人でも、サラリーマンでもだ。

青少年向けの漫画は「ショーネン」、女の子には「ショウジョ」。

その影響の大きさを見るには若者の街に足を運ぶだけでいい。

漫画は若者の流行の牽引役を担っている。

日本という国は、今では何万人ものフランス人にとって、

昔アメリカがフランス人にとって体現していたものとなっている。

すなわち日本は現代文化の象徴なのである。

例えば忍者のような昔ながらのキャラクターも、

現代の小学生の好みに合うように変えられる。

フランスで何万部も売れている、この「NARUTO」がそれだ。

「ジャン=ダヴィッド・モルヴァン氏、フランス漫画の脚本家」

毎週、合計で3百万部も刊行される漫画雑誌に、無数の読者が殺到する。

モルヴァン氏は日本を良く知っているが、漫画の世界的な成功に驚きを隠せない。

「どうして漫画がフランスでうけているのかと思ったね。

フランスの子供らが夢中で読んでる日本の学園物の漫画にしても、

日本の学校はフランスの学校とはまったく違うもんじゃない。

そんなわけで、こいつは話のつくり方にその成功の秘密があると思ったんだよ。

ごく日常的な雰囲気の中でとりとめもなく生まれる様々な感情やら

恋愛が進行していくような話、

こういうのはフランスの漫画にはほとんどないよね。

ところが日本の漫画はありのままの日常を扱っているんだよ。」

モルヴァン氏は東京にスタジオを構え

、日本の漫画家とのコラボレーションを進めている。

外国人が日本で漫画を発表することは非常に難しい。

モルヴァン氏は、今回日本人スタッフの協力を得てこの夢を叶えようとしている。

日本でストーリー作りと言えば、何よりまずキャラクターを作ることである。

そしてフランスの漫画と異なり、主人公が死ぬことだってありうる。

「日本じゃ読者の意見でキャラクターが死んだりするんだ。

アンケートでこれこれというキャラクターが人気がないとわかれば、

そのキャラクターは死んでお払い箱になるんだよ。

でもこれはフランスじゃ考えられないことだね。

売上部数やらは気にもするけど、

作り手が読者の意見に左右されながら創作するというのはまずないね。」

「辰巳ヨシヒロ先生の紹介」

漫画は何より売れるための商品であり、

描き手はそこでは常に時間に追われてストレスを抱えて、商品生産の道具と化す。

漫画雑誌はささっと目を通されれば、その内容と共に、

たちまちのうちに地下鉄の網棚の上に置き忘れられる。

けれどもこの大量消費・大量廃棄のシステムに飲み込まれずに生き延びる、

別格の作品があるのだ。
このような作品にあっては、絵は往々にして深く暗いものとなり、

扱われる事柄もより社会的なものになる。

現代文明が謳歌する東京にあって、

主人公たちは倦怠の重みに背を丸めながらも、

大都市の狂気と孤独から脱け出そうと試みる。

これらの暗い雰囲気の作品の作者が辰巳ヨシヒロ氏だ。

氏の作品は1978年に既にフランスに紹介され、

これはフランスにおける日本漫画輸入の黎明期にあたる。

ヨーロッパやアメリカでの成功とは裏腹に、

氏はこの手狭な場所を仕事場にしている。

出版社側からの圧力のかからない生き方を選択したのだ。

「比較的自由に書けるのは、小さな出版社との仕事なんですね。

部数がそんなに出ませんから原稿料は安くなりますが、

少なくとも私は好きなものを描いています。

アシスタントを雇うお金もないので全部ひとりでやることになります。

生活は苦しいかもしれませんが、

自分の心の中にあるものをすべて原稿にぶつけることができます。

そのような私の作品に対して、

ヨーロッパやアメリカが関心を示してくれているということですね。」

「東宝スタジオ、石井克人氏」

漫画のコマに窮屈な思いをする作家は、映画のスクリーンに自らを解き放つ。

石井克人氏、日本の有名監督のひとりだ。撮影現場で大声をあげる代わりに、

氏は静かに自らの描いた絵の並ぶストーリーボードを眺める。

映画『キル・ビル』でのアニメーションを担当したのが、この石井氏である。

長いこと映画が漫画にインスピレーションを与えていたが、

今では漫画が映画製作者の育成に一役買っている。

全景、近景、中景、そして正面と横顔の絵、コマの運びはそのまま映像の

組み立て方を現している。

「アニメの世界でも映画の世界でもフレーミングがとても大事なんですよ。

日本アニメでは、使える絵の数に限りがあります。

だから効果的に決まる絵を作れるようにしなくてはいけません。

映画でも、いくつものショットをだらだらと並べることはできませんから、

ひとつの情景を描写するのにまさしくこれしかないというショットを

選ばなければなりません。日本のアニメーターの人たちと話した時も、

まず何よりレイアウトをマスターしなくちゃ駄目だって言ってましたよね。」

「再び平田先生、ドミニクの愛車2CVからリムーザン地方の映像」

フランス版の編集長宅を訪れた平田先生。

どこに行っても着物姿が注目を集める。

学校を終えたばかりの子供らを集めてサイン会が催された。

平田氏にかかっては何事もスペクタクルだ。

「なんて名前? アレックスです。」子供はすっかり満足げだ。

「フランスの漫画も読むけど、僕は日本の漫画の方が好きです。」

「フランスのものと違って逆方向に読むのが面白いわ。」

「日本について興味ある? はい。」

「日本語勉強しているんだって? はい、そうです。」

平田先生はフランス語に興味を示し出した。

「はあ、蝸牛はエスカルゴって言うのね。」

これは何だか美しいおとぎ話のようではないか。

むかしむかし、ふたつの離れ離れの国がありました。ふたつの国では、

まるで鏡で隔てられているかのように、

お互いに相手とはさかさまのことをして生活していました。

一方が起き上がるともう一方は床に着き、

一方は様々な色を使うのを好みましたがもう一方は白黒にこだわりました。

言うまでもなく、お互いに相手のことが気になります。

そして様々な憶測が飛び交いました。

けれどもある日、

ひとりの賢人が筆を携えて鏡を通り抜けてみようと思い立ったのです。

終わり