*
弘史左衛門 18歳の正月3ガ日
平田ポンプ水道工事店店主は18歳。知合いの鉄工所の親父さんが、
3ガ日は旋盤 回さないから使ってもいいと、
お慈悲の無料で旋盤を貸してくれた。これが、初めて使う旋盤だった。
工場は木造で、天井には平ベルトを回す大きな径のプーリーが何個もあり、
5m長さくらいの大型シェパー機械や、背以上に高い大型ドリル、
12尺旋盤や8尺旋盤、こうした重機工作機械を回す原動力は、
工場の奥にどっかり居座る 30馬力の大型モーター。
これが回ると工場全体が揺すぶられ、騒音も大きく、
めちゃくちゃ仕事忙しいフル稼動状態。
静かな筈の正月3ガ日が、弘史左衛門の為に、
住宅続きの親父さん宅も、さぞや うるさかった事だろう。
今は亡き親父さんに、今ここで、また感謝する次第である。
で、旋盤で何を作ったのかと言うと、
夢に迄 願っていた試作16mm映写機の
「スプロケット」と「シャフト」などであった。3ガ日通い詰めて、
うるさい騒音を出しに行ったわけである。
にも関わらず、屠蘇酒で赤い顔の親父さんは、工場にのぞきにきて、
超初心者がベルトに巻き込まれていないか、怪我はしていないかと、
様子を見にきては、旋盤の使い方のノウハウの一部も教えてくれて、
仕上げは「ヘ−ルバイト」を使いな、と渡してくれ、
こう使うんだ...と実際も見せてくれた。
あ〜...............松本鉄工所の親父さん、今思い出すだけでも涙がこぼれるよ。
でも、言っちゃあ悪いが、8尺のガタ旋盤では小物作りは無理だったよ。
ごご、ごめん 悪口言って...。でも、なんとか作りましたよね。
68歳になった今も、その時作った「スプロケット」を大切に保存しています。
今日は、友人の機械工場のあるじとのメールのやりとりで、
こんな話が、思い出されたので、「スプロケット」を探し出して、
話と共に ここにUPしてみました。
「スプロケット」の爪も 手作業のヤスリで削りながら、根気作業でした。
なのに気が付いたら、爪の位置が逆だったので、
3日めは2つ作りかけたものでした。
3ガ日が過ぎると、もう、趣味は やっていられなくなり、
再度、旋盤を借りるチャンスもなく、試作映写機は未完のまま、
「スプロケット」を眺め触っては、 夢を追うだけの
10 数年が経過してしまいました。
18歳のこの時から、いつか旋盤を購入して、続行してやるぞと、
執念は燃えあがりました。工作機械は機械を作る機械なので、
これがなければ 弘史左衛門の夢は なにも叶いません。
今後も更に 大きな工作機械を導入したいものと 執念を燃やしています。
でも欲しいけれど、趣味の為に導入は なかなか......辛いものがあります。
や〜......ほんと!!! 工作機械は いい〜〜〜ですね〜(^^)
2005.9.26 弘史左衛門
でも、念のために書いておくけど、
全くの初心者には、普通機械は貸さないもの。
機械壊されるからね。
でも、親父さんは、弘史左衛門を信じて貸してくれました。
この鉄工所は水道工事も やっていて、忙しい時は応援に行き、
弘史左衛門の水道工事の仕方や、機械工具の使い方に信頼をおいていたからね。
だから貸してくれたのね。
工作機械は下手をやると、機械の自分まで削ってしまい、
高価な部品まで壊してしまうからね。
この3が日の間に弘史左衛門は、右腕の下をバイト(切削用刃物)で
少し怪我してしまったけどね。(今も傷残ってます。)
最近などは新品のデスクサンダ−で、右の人指し指の爪の根元を
骨まで削っちゃったもんね。鉄を切る道具は細心の注意が必要ですね。
今は完治してます。