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恐ろしい人類 

本物(事実)を見てみよう。

 Winで動画、Macでの動画はサイズが小さく臨場感が乏しい。
つまらぬ規制で 本物を見せないから、社会は良くならない。

http://www.fur-free.com/

 

完全に殺してからだと毛皮に匂いが移るらしい。
それにしても残酷そのもの。

あの狸や狐が自分なら、どんなに苦しい事か...。
人間を呪い殺したくなるだろう。何代にも亘って.....。
猫や犬も同様にやられている。

猫や犬や狐や狸の様に、戦争では人も、あんな風に殺されていった事でしょう。
そうした事実を見せてゆかねば、この世は良くならない。

くさいものに蓋をしては、ますます蓋の中で増殖する。
臭いものは明るいところに出して、綺麗に処理する事こそ大切。

あれは残酷だから見せてはいけない、とか、
いろいろ幼稚な規制をする事こそ 腐敗を増殖させる元になる
部屋の掃除と同じ。
年末とか月末とか毎日とか、時を決めて掃除。
徹底的にすみずみまで掃除すれば部屋は快適。
ゴミを溜めとくと碌なことはない。

炊事場の流しも同じ。食べた食器も洗わず、生ゴミも流しの隅に溜めておけば、
腐敗して、ウジも湧いて、ゴキブリも大繁殖...と同じ。

それにしても、我々人間は、魚も鳥も豚も牛も殺して、食べている。
野菜も米も、あるゆる生き物を殺して、我が身の寿命を維持している。
感謝して食べるほかはないが、これとても、
レストランなどで大量に残して引き上げてゆく客がいる。
残ったものはゴミになるらしい。勿体無い事だ。感謝のかけらもないのだろう。
御飯粒なども、ひと粒も残さないで食べる事こそ、感謝のしるしだと言うのに...。
弘史左衛門などは、残った露なども なめて「ごっつおうさま〜」するだに...。

毛皮に変わる暖かい衣服はあるのだから
毛皮採る為に動物を殺してはならないねえ〜と言えるけれど、
しかし、殺して生活している人間が居るのも事実。
他に生活出来る仕事を見つけられねば、やるしかないだろうしねえ...。
考えさせられる問題です。

この度、友人から知らされた上記情報は、
本物、本当の姿と言う現実を、まず我々は知る必要がある
と思って案内した次第。

 弘史左衛門


いや〜.....ここも見ましたよ。
http://jazzmens.net/vegetarian/pics_killed.htm

ふ〜む............なにも食えなくなってくるな〜..........。
天丼も、カツ丼も、卵丼も、親子丼も、牛丼も、寿司も、.....、
海のものなら、魚は苦手じゃし、
(にぎり寿司の魚は食うのね、.光りものはイヤだけどね(^^;)
昆布類と貝類くらいしか食えんが、貝も...、
ベジタリアンも生き物にかわりないしなあ.....。

でも
植物は食物と考えれば、植物こそ食物かもね。
でなけりゃ、おらあ腹へって餓死するしかねえべさ。

しかし、畜産動物達のあまりにも哀れな一生を見ると、肉好きな弘史左衛門も、
咽を通らない気持ちになってきたわいな。(;;) 可哀想にな〜.....グスン(泣く)

あ〜........なんという人類じゃろうか...わしも含めて...。
明日から肉食べない!!!.....とは、まだ決心つかないよ。う〜〜〜ン。
困りましたね〜........
畜産動物達の過酷な一生は、困ったなんてもんじゃないのにねえ.....。

ここのYTRも御覧あれ。現実の姿を直視しよう。


あ〜あ...おそろしい人間達じゃなあ.....。

2006.1.27〜4.29  弘史左衛門

結論

陸の動植物も海の動植物も、すべて生き物に違いはない。
動物は生き物で、植物は生き物ではない、とは言えない。
とすれば、
海の動物の魚類は食べても良く、陸の動物は食べてはいけない、と
言う事も出来ない。
両方食べてはイケないのなら、肉も魚も食べられない。
植物の野菜は食べてもいい。と言うのなら、植物はいきものでない事になる。
しかし、れっきとした生き物ですね。
米も食えない事になる。
食べなけりゃ生きてゆけないから、つまり何食べても良いと言う事になる。

問題はここからでしょうね。
食うもの無くて、死んだ人肉食った歴史もあったようだし、日本人だけでも
肉や魚食うなと叫んでも、やめる人は ほとんどいないでしょうね。

天丼カツ丼などの丼ものや 寿司食べなくなる...なんて事は
考えられないですからねえ.....。

ただ、皆が求めれば、提供側は、残酷と言われようが、
短時間に成長させて
可能な限り多くのたまごや肉を生産する為に、
動物を商品として扱う事になるから

動物の頭を足で踏み付けようが、叩き付けようが、関係ない事になる。
うなぎ だってドン!と頭に刃物突き刺して
腹をくいくいくい!と切裂く訳ですからねえ。
タコだって生きてるまんま熱湯にぶち込むんですから。

それを、外部の人間が、情愛の目で動物をみれば、
なんと残酷な事をするものかなと、
報道するのも当然の事。
その結果、肉を食べるな、の姿勢になる。

こう追求してみると、価値観の相違としか言い様がない。
肉を食べるな、の姿勢になった側は、魚類も野菜も食えなくなる筈。
つまり米の飯も寿司も食えなくなる筈。同じ、いきものなのだから。

こう追求してみると、いろいろ食べてる我々は、いろいろな動植物の
想像を絶する残酷犠牲の、おかげで、食べて生きてる事になる。

たまご一つ食べる事にしても犠牲があるのだ。
 
卵を食べる事ひとつ考えても、自分が殺したんだ、
1年に10個くらいしか産まず10年も生きれる鶏を、
せまい檻に入れてたまごを250個も強制的に産ませて
1年間の生涯を閉じさせたのは自分だ。

そう、思案すれば、詫びと感謝して食べるしかない。
従って、食べ残しや贅沢は、もっとも大きな罪な事になるでしょうねえ...。

こう考えてみると、やっぱり肉食のやめらない弘史左衛門だな〜...。

( Mixi にも書いた事 )

i2006.1.28 PM 5. 22 弘史左衛門